コーヒーの淹れ方

先月2月に体調を崩して以降、回復後もコーヒーを飲まなくなった。 今までの試行錯誤の結果をここに書き記しておきたい。私が好きなコーヒーの味はフレッシュな酸味やフルーティーな香りではなく、コクと苦味が利いた深い味である。以下はその味を得るための…

障害者のヘルパーと労働組合

障害者自立生活運動という障害者主体の運動がある。 両親に介護されるのではなく、地域に住んでヘルパーを利用しながら自立した生活を送ろうという運動だ。 運動の経緯から、障害者たち自らが集まってヘルパー派遣事業を NPO 法人として立ち上げていることが…

食べたいものが食べれる幸せ

先日食中毒になった。 腹部の激痛から解放されて、布団の中でぼんやりと横たわっている時、突然魚の干物が無性に食べたくなった。 他に何か食べたいものはあるかなと考えると、思い浮かんだのは、かえしの利いたそばつゆにつけたそばと筑前煮、魚の天ぷらだ…

どうすれば人生を変えれるのか

日常生活は惰性で続けがちだ。 変えたいと思っていてもなかなか変えれない。 日常は慣れているから快適なのだ。 新たなことに踏み出すのは未知なのでハードルが高い。 ではどういう時に変えれるのだろう。先日食中毒を経験した。 激痛も収まって布団の中で横…

ナイロビ ケニアの安宿 2018年2月情報

New Kenya Lodge Dorm.750sh PR9G+C8 Nairobi, Kenya Googleマップ上の表示は少しずれている Letema Rd.突き当りにある 1段ベッドのみでベッドが揺れることはない 室内でのベッドの配置も余裕がある 朝は無料の甘いケニアティが飲める 魔法瓶1ポット分だけ …

バーベキュー

両親が田舎に引っ越した時、帰省すると、バーベキューを庭でよくした。 ドラム缶を縦半分に切って、炭焼小屋でもらってきた炭を入れて、猟師から買ったイノシシ肉を焼いた。 最初のうちこそ珍しく楽しかったが、夏の昼間は暑さを避けるため、夜は蚊を避ける…

心揺さぶる外国旅行 または非日常での自己崩壊

大学を卒業した1986年春、私は人生初めての外国旅行に出かけた。 最初の目的地はタイだったが、地球の歩き方のタイ版はまだ刊行されていなかった。東南アジア版と言うくくりで刊行されていた。 バンコクのホテルもレストランもわずかしか紹介されておらず、…

自尊心と自己肯定感とその高め方

1 自尊心は他者との関係の中での自分への評価に関わる。 評価には部分評価と全体評価がある。 1)まず部分評価。 自分の能力を他人と比べてする評価のことだ。(性格評価もあり得るが自尊心にはほとんど関わらない。性格は変えることができるという意識もあ…

西ヨーロッパではなぜパンが主食にならないのか または主食とパンと米

主食とはお腹を満たすために、おかずと一緒に咀嚼する固形物と定義する。 米は主食になり得るし、実際ほとんどの米食地域で主食になっている。 伝統的な米食文化地域では、米はすべて主食になっている。 主食になっている米料理の特徴は塩味が付いていないこ…

社会と芸術の関係

人は生き延びるために、さらにはより快適に生きるために集団を作ってきた。集団社会は約束事によって成り立っている。 約束事がなければ社会は成り立たない。 人々が利己に振る舞えば当然社会は成り立たなくなる。 家族内の個々人が利己に振る舞えば家族は崩…

仮説の役割

科学の進展の歴史を振り返れば明らかだが、提出された仮説が現代でも生き残っているのはごくわずかだ。 そのときどきの提出者は最大限論理的に慎重に思考し提出した。 にもかかわらずその多くが否定されてきたのだ。 この視点から見ると、仮説の役割は正しさ…

ルポルタージュと時代の変遷

今から30年ぐらい前までは、事実によって真理を語らしめよ、という態度が少なくとも一部の人々の間では共有されていたと思う。 具体的に言えば、なるべく筆者の価値観を入れず、かつ感情も抑えて事実を積み上げることによって筆者の主張を表現する。 読者か…

ベルクソンの純粋記憶

私見によると記憶には必ず感情が添付されている。 記憶を取り出す時は記憶に添付された感情をタグとして使っている。 時間の経過によって、記憶された時の状況によって感情のタグが小さくなってゆく。 純粋記憶とは感情のついてない記憶のことだと思う。

目標を決めてお金を貯めるか お金を貯めてから目標を決めるか

価値が保存できる貨幣の出現以前は、まず目標があって、その後目標に向かって行動し、それを達成した。 目標に向かって行動するのだから、行動するほどに目標に近づきウキウキした 。 貨幣の出現後、目標とその達成までに貨幣がワンクッションあいだに入った…

遺伝子と個体 1補足

バッファゾーンで気になる個体に遭遇した時はどうすればいいのだろう。 ほっておけば明らかに死んでしまう。 可哀想で仕方がない。 私の住んでるアパートの通路部分の夜灯にコクワガタが飛来することがある。 夜が明けると直射日光が差し込んでセメントの温…

行為と快感情 2自己肯定感と自尊心

自己肯定感とは長所も短所も含めてありのままの自分を受け入れることだ。世界は自分を受け入れて当然という感覚、認識世界で言うと、世界の中心は自分だ、という感覚のことだ。 だから他人のことがあまり気にならない。自己肯定感が低いと、外界を大きく感じ…

競争することの意味 追加 劣等感の由来

劣等感の獲得由来は何か。能力で劣っていることを事前に察知することによって無駄な競争に参加せず、体力を温存することが獲得由来だと思う。初めから負けると分かっている競争に参加して体力を消耗し、事によっては怪我まで負ってしまう。そのようなリスク…

遺伝子と個体 1

稲や小麦は世界中で作付けされている。 それはコメやコムギが種として繁栄していると言っていいのだろうか。 人を使って個体数や生息領域を拡大していると言えるのだろうか。 そしてその数の増大はコメやコムギにとって望ましいことなのだろうか。 豚や鶏は…

競争するということ

競争が発生する理由は資源が限定されているからだ。 これがすべての理由である。 ようやく手に入れた貴重な食料、安全な睡眠場所、交尾相手。 ヒトはその発生以前から、限られた資源を求めて生存をかけて競争してきた。競争は人の習い性になっている。現代で…

行為と快感情 1自尊心の高め方

自尊心とは自分には尊厳があると信じれる心のこととする 他者がいない世界で自分の責任を引き受ける、ということはあり得るのか ある人が誰も知らない山奥にきのこを取りに行き、全てを自分で消費したら、そこに損や得は生じるのか 人間の行為は最終的に快を…

同情と共感

困難な状況に陥ったとき、人から、可哀想、と思われることに多少の抵抗感がある。 可哀想とは同情ということだと思うが、可哀想と思った時、知らず知らずのうちに自分とは別世界の存在だと対象を見ているからだと思う。自分は安全な場所に立っている。 その…

ジェイソン モロニー

先日バンタム級で井上尚弥と対戦したオーストラリア出身のジェイソンモロニーのしゃべっている動画を見つけた。 最初の1分30秒までしか見ていないがモロニーのイメージが全く変わった。 私は日本人なので井上尚弥の対戦動画はいくつも見てきた。 対戦後のイ…

フランスの首切断事件

フランスの中学校で表現の自由を学習するために預言者モハメッドを風刺する漫画を教材に使った教師が殺された。 教室内のイスラム教の生徒には、 君たちの感情を害したくはないので教室から出て行っても良い、といったようだ。西側の感覚で言えばテロという…

江戸時代の武士の覚悟

先日山形県に旅行に行った。 米沢に行ったおり、以下の看板を見かけた。 要約 戊辰戦争の時、会津藩が友藩米沢藩に援軍の要請をするため二人の使者を送った。 二人の到着を知った米沢藩が早速城内に招き入れ話を聞いたが、既に米沢藩の情勢が変化していて援…

江戸時代の武士の覚悟

先日山形県に旅行に行った。 米沢に行ったおり、以下の看板を見かけた。 要約 戊辰戦争の時、会津藩が友藩米沢藩に援軍の要請をするため二人の使者を送った。 二人の到着を知った米沢藩が早速城内に招き入れ話を聞いたが、既に米沢藩の情勢が変化していて援…

笑いとその起源について

笑うという行為は2つに分けられる。 1 一つは微笑むことで、擬態語で言えばニコニコ。発声は伴わない。 2 もう一つは楽しい気持ちを表現することで、擬態語で言えばワッハッハ。 こちらが漫才に関係する笑いになる。私たちが漫才を聞いて笑う時、 どのような…

意識と身体性 仮説

ゴキブリは脳を除いた残りの神経系だけで記憶ができるとされている。 それは以下のことによって証明された。 頭を切断したゴキブリを垂直にぶら下げ、伸びた後ろ足の先端に刺激を与える。 刺激を与えられた後ろ足はすぐに縮まるが時間が経つとまた伸びてくる…

意識と無意識のあいだ 覚書

無意識とは意識が介入できない場所だと思われている だけど無意識はある程度介入できると思う より正確に言えば介入はできないかもしれないが変容はできると思う 具体的には 無意識に一番近い意識の層は当然介入できる つまりゆったりした気持ちになって自分…

香港の国家安全維持法

なぜこの時期に強行に中国共産党は香港の国家安全維持法を制定したのだろう。 いろんな考えがあると思う。 去年の香港での民主化デモが予想以上に大きくなり、指導部の責任を回避するために何かしなければならなかった。 新型コロナウイルスで欧米の強国が外…

続続 宝の持ち腐れ または選択の幅

江戸時代、町民の食事は和食のみだった。 洋食もインド料理も中華料理もなかった。 さらに言えば暑い夏にアイスクリームもかき氷もなかった。 だからといって町民は自分たちの食事の幅が狭いとは思っていなかったはずだ。それは今の私たちを見ればわかる。 …