imakokoparadise’s diary

科学的エビデンスを最重視はしません。 エビデンスがなくとも論理的に適当であればそれを正しいと仮定して進む。私の目的は、得た結論を人生に適用して人生をより良くすること。エビデンスがないからと言って止まってられない。 目的は、皆の不安を無くすこと。

どうすれば人生を変えれるのか

日常生活は惰性で続けがちだ。 変えたいと思っていてもなかなか変えれない。 日常は慣れているから快適なのだ。 新たなことに踏み出すのは未知なのでハードルが高い。 ではどういう時に変えれるのだろう。


先日食中毒を経験した。 激痛も収まって布団の中で横になっている時、ふと魚の干物が食べたいと思った。 そして無性に食べたくなった。 思い返せば最近の食事は易きに流れていた。 安い食材や手っ取り早く美味しく感じられる油を使った調理法など。

日本食回帰するか。 突然そんな言葉が浮かんだ。 したかったのに、決心がつかなかったこと。

回復後、日本食が続いている。


どうすれば惰性の日常から抜け出して人生を変えることができるのか。


以下の二つがあると思う。

1 目標を持つこと

目標を作ってそれに向かうと決めた瞬間、価値の組み替えが起こる。 つまりこの快適な日常生活から、目標を実現するための生活に変化適応しなければならない。

例えば、2年後トライアスロンの大会に出る、と決める。 決めた瞬間に生活の優先順位が一気に変わるだろう。 食事の内容も変わるだろうし、筋トレやランニングやスイミングなど時間の使い方も大きく変わるだろう。 たぶん世界が全く違って見えてくるはずだ。 目につく本も、見えてくる広告も。


以上のように、目標を作ってそこから一歩を踏み出せば人生を変えることができる。


2 命や日常生活を脅かすような重大な出来事

少し大げさだがこちらが私の例になる。 

重大な出来事によって自分の命や人生の大切さを再認識させられて、人生を変えることを決断できる。 

これはよく聞く話だろう。 この話の未達成版が、死の間際に、もっとあしとけばよかった、と思うことになるのだろう。


以上の二つしかないと思うのだが、2の問題点は、自分で重大な出来事を作ることができないことだ。 故に運を天に任せるしかない。

それに対して1は自分で作れる。

どうすれば人生を変えれるのか

日常生活は惰性で続けがちだ。 変えたいと思っていてもなかなか変えれない。 日常は慣れているから快適なのだ。 新たなことに踏み出すのは未知なのでハードルが高い。 ではどういう時に変えれるのだろう。

先日食中毒を経験した。 激痛も収まって布団の中で横になっている時、ふと魚の干物が食べたいと思った。 そして無性に食べたくなった。 思い返せば最近の食事は易きに流れていた。 安い食材や手っ取り早く美味しく感じられる油を使った調理法など。
日本食回帰するか。 突然そんな言葉が浮かんだ。 したかったのに、決心がつかなかったこと。
回復後、日本食が続いている。

どうすれば惰性の日常から抜け出して人生を変えることができるのか。

以下の二つがあると思う。
1 目標を持つこと
目標を作ってそれに向かうと決めた瞬間、価値の組み替えが起こる。 つまりこの快適な日常生活から、目標を実現するための生活に変化適応しなければならない。
例えば、2年後トライアスロンの大会に出る、と決める。 決めた瞬間に生活の優先順位が一気に変わるだろう。 食事の内容も変わるだろうし、筋トレやランニングやスイミングなど時間の使い方も大きく変わるだろう。 たぶん世界が全く違って見えてくるはずだ。 目につく本も、見えてくる広告も。

以上のように、目標を作ってそこから一歩を踏み出せば人生を変えることができる。

2 命や日常生活を脅かすような重大な出来事
少し大げさだがこちらが私の例になる。
重大な出来事によって自分の命や人生の大切さを再認識させられて、人生を変えることを決断できる。
これはよく聞く話だろう。 この話の未達成版が、死の間際に、もっとあしとけばよかった、と思うことになるのだろう。

以上の二つしかないと思うのだが、2の問題点は、自分で重大な出来事を作ることができないことだ。 故に運を天に任せるしかない。
それに対して1は自分で作れる。

ナイロビ ケニアの安宿 2018年2月情報

New Kenya Lodge Dorm.750sh

PR9G+C8 Nairobi, Kenya Googleマップ上の表示は少しずれている Letema Rd.突き当りにある

1段ベッドのみでベッドが揺れることはない 室内でのベッドの配置も余裕がある

朝は無料の甘いケニアティが飲める 魔法瓶1ポット分だけ

スタッフは皆おじさんで親切だった

同じ経営のレストラン?クラブ?がすぐそばにあって、そこで揚げたパンを時々朝に売りに来る 従業員はよく買っていた 自らレストランに出向けば売ってくれる。9時?に毎日調理場で揚げている ひとつ20sh 揚げたてなので美味しい 甘い紅茶とよく合う 建物の入り口が別で、かつ階上なので従業員に行き方を聞かなくては辿り着けない

かっては日本人宿だったが、旅行サイトに登録してからは多くの外国人が泊まるようになっている

ロケーション

鉄道駅前の再開発済みの地域に隣接して昔ながらの商店街になっている 周囲にはレストランや長距離バスの営業所がたくさんあり非常に便利

昼間は商店街の歩道に露店が立ち並び、人通りも多く治安の悪さは感じなかった

しかし1年前は治安が悪かったということなので事前に政情を確認した方が良い

夜は商店が閉まるので通りが真っ暗になる

近所のレストラン

Swanga Restaurant

PR9G+2W Nairobi, Kenya

小奇麗なレストラン オフィスの昼休みに会社員がよく食べに来てた 見た目も綺麗で美味しい

PR8F+XX Nairobi, Kenya

この場所に昔ながらのレストランカフェがある だだっ広いホールで店内は地元の人で結構混んでいる ゆっくりできる メニューもある

行き方

タンザニアやイシオロ方面からバスで来た場合、郊外のバス停に停まることが多い そこから歩いて5分ぐらいのところに中心地行きのバス停がある 9番のバスに乗れば行く 分からなければ周りの親切そうな人に聞けば良い 30sh 宿の100 mそばまで行く

バス停の場所 PRCX+7X Nairobi, Kenya

タンザニアの国境から早朝バスで行くとナイロビには夜着くことになる 不安であるならIsioroあたりで途中下車して数泊してから午前中に出発すれば夕方にはナイロビに着く

バスは座席予約なので途中乗車でも必ず座れる

イシオロのホテル

Mocharo Lodge Accommodation single room with hot shower 1200sh

少し高いが清潔で居心地のいいホテル 受付も非常に親切だった

イシオロのレストラン

Bagdad county hotel

9H2M+35 Isiolo, Kenya

ランチ200sh ボリュームがありカレー?が美味しかった

もしくはケニア山ふもとの町でゆっくりするのもいいと思う

ナイロビ ケニアの安宿 2018年2月情報

New Kenya Lodge Dorm.750sh
PR9G+C8 Nairobi, Kenya Googleマップ上の表示は少しずれている Letema Rd.突き当りにある

1段ベッドのみでベッドが揺れることはない 室内でのベッドの配置も余裕がある
朝は無料の甘いケニアティが飲める 魔法瓶1ポット分だけ
スタッフは皆おじさんで親切だった
同じ経営のレストラン?クラブ?がすぐそばにあって、そこで揚げたパンを時々朝に売りに来る 従業員はよく買っていた 自らレストランに出向けば売ってくれる。9時?に毎日調理場で揚げている ひとつ20sh 揚げたてなので美味しい 甘い紅茶とよく合う 建物の入り口が別で、かつ階上なので従業員に行き方を聞かなくては辿り着けない

かっては日本人宿だったが、旅行サイトに登録してからは多くの外国人が泊まるようになっている

ロケーション
鉄道駅前の再開発済みの地域に隣接して昔ながらの商店街になっている 周囲にはレストランや長距離バスの営業所がたくさんあり非常に便利

昼間は商店街の歩道に露店が立ち並び、人通りも多く治安の悪さは感じなかった
しかし1年前は治安が悪かったということなので事前に政情を確認した方が良い
夜は商店が閉まるので通りが真っ暗になる

近所のレストラン
Swanga Restaurant
PR9G+2W Nairobi, Kenya
小奇麗なレストラン オフィスの昼休みに会社員がよく食べに来てた 見た目も綺麗で美味しい

PR8F+XX Nairobi, Kenya
この場所に昔ながらのレストランカフェがある だだっ広いホールで店内は地元の人で結構混んでいる ゆっくりできる メニューもある

行き方
タンザニアやイシオロ方面からバスで来た場合、郊外のバス停に停まることが多い そこから歩いて5分ぐらいのところに中心地行きのバス停がある 9番のバスに乗れば行く 分からなければ周りの親切そうな人に聞けば良い 30sh 宿の100 mそばまで行く
バス停の場所 PRCX+7X Nairobi, Kenya

タンザニアの国境から早朝バスで行くとナイロビには夜着くことになる 不安であるならIsioroあたりで途中下車して数泊してから午前中に出発すれば夕方にはナイロビに着く
バスは座席予約なので途中乗車でも必ず座れる
イシオロのホテル
Mocharo Lodge Accommodation single room with hot shower 1200sh
少し高いが清潔で居心地のいいホテル 受付も非常に親切だった

イシオロのレストラン
Bagdad county hotel
9H2M+35 Isiolo, Kenya
ランチ200sh ボリュームがありカレー?が美味しかった

もしくはケニア山ふもとの町でゆっくりするのもいいと思う

バーベキュー

両親が田舎に引っ越した時、帰省すると、バーベキューを庭でよくした。 ドラム缶を縦半分に切って、炭焼小屋でもらってきた炭を入れて、猟師から買ったイノシシ肉を焼いた。 最初のうちこそ珍しく楽しかったが、夏の昼間は暑さを避けるため、夜は蚊を避けるため、冬は暖を取るために肉を焼いては家に持って行って食べるようになった。 そのうち焼く係が一人か二人だけ外に出て、残りは家の食卓で待つようになった。 つまり普通の食事になったのだ。

バーベキュー自体を冷静に味だけで食べると、実はそれほど美味しくない。 火の通りや調味料が不均一で、しばしば焼きすぎている。

だからバーベキューで焼いた肉や野菜を食卓に座って食べるとあまり美味しくない。

美味しくないのでバーベキューはそのうち下火になった。

今から思えばバーベキューとは何かが分かっていなかったのだと思う。 当時は炭や薪を使って肉を豪快に焼く調理法をバーベキューだと思っていた。 だから焼いた肉を持って家に入っても何も変わらないと思っていたのだ。

しかしバーベキューの本意は、いつもと違った空間でみんなとおしゃべりしながら食べることにあったのだと思う。

更に言えば、おしゃべりをして楽しむことが本意で、その舞台装置として非日常の空間と調理法があったのだ。

バーベキュー

両親が田舎に引っ越した時、帰省すると、バーベキューを庭でよくした。 ドラム缶を縦半分に切って、炭焼小屋でもらってきた炭を入れて、猟師から買ったイノシシ肉を焼いた。 最初のうちこそ珍しく楽しかったが、夏の昼間は暑さを避けるため、夜は蚊を避けるため、冬は暖を取るために肉を焼いては家に持って行って食べるようになった。 そのうち焼く係が一人か二人だけ外に出て、残りは家の食卓で待つようになった。 つまり普通の食事になったのだ。
バーベキュー自体を冷静に味だけで食べると、実はそれほど美味しくない。 火の通りや調味料が不均一で、しばしば焼きすぎている。
だからバーベキューで焼いた肉や野菜を食卓に座って食べるとあまり美味しくない。
美味しくないのでバーベキューはそのうち下火になった。

今から思えばバーベキューとは何かが分かっていなかったのだと思う。 当時は炭や薪を使って肉を豪快に焼く調理法をバーベキューだと思っていた。 だから焼いた肉を持って家に入っても何も変わらないと思っていたのだ。
しかしバーベキューの本意は、いつもと違った空間でみんなとおしゃべりしながら食べることにあったのだと思う。
更に言えば、おしゃべりをして楽しむことが本意で、その舞台装置として非日常の空間と調理法があったのだ。

心揺さぶる外国旅行 または非日常での自己崩壊

大学を卒業した1986年春、私は人生初めての外国旅行に出かけた。 最初の目的地はタイだったが、地球の歩き方のタイ版はまだ刊行されていなかった。東南アジア版と言うくくりで刊行されていた。

バンコクのホテルもレストランもわずかしか紹介されておらず、とりあえず最安値の宿を目指して出かけた。 もちろん予約などできない。

バンコクの空港に着いて飛行機のドアを出た途端、生温かいそして独特の甘い匂いの空気に包まれた。

バンコクでは見るもの聞くものすべてが珍しかった。 知らない料理だらけで、どうやって作るのか全く見当がつかなかった。 熱帯の暑さの中、異様に元気なタイ人が街に屋台街に溢れていた。 私は彼らに圧倒された。タイ人に混じって満員のバスに汗をかきながら乗っているだけで、腹の底からどうしようもなく笑いがこみ上げて来た。 タイ人に紛れて街に溶け込んでいるのがとにかく楽しくて仕方がなかった。

私は初めての外国旅行の地、タイに魂を鷲づかみにされた。 非日常の世界(彼らにすれば日常なのだが)で、体から自分を溢れ出させた人たちに気おされた。 強烈な何ものかを心に刻印された。

数年前に久しぶりに外国旅行に出かけた。 旅行の方法が全く変わっていた。大金の所持方法、 飛行機の予約、宿の予約、安くて美味しいレストランの探し方、目的地までの交通手段の探し方と乗り方、街の地図情報、片言の旅行者会話、天気予報。

その気になれば行く前に全ての行程を予約することもできた。

とても便利になっていてつくづく技術の進歩に感心した。

しかし今回の旅行はあの時の旅行ほど激しく心を揺さぶられることはなかった。 理由の一つは年を取って感覚が摩滅していたのだろう。 初めての経験ではなかったということもあるだろう。 旅行先の人々が豊かになって、日本と似たような価値観を持つようになっていた、ということもあるだろう。

しかし最大の理由は便利になったことだと思う。 行く前におおよその予測できるのだ。 予測できればできるほど不安は減っていく。 快適なのだ。 その分、人との関わりが激減した。

快適の中身は

1 出費の抑制。 高い交通機関や宿を避けれるようになった。

2 体力消耗の抑制。 大きな荷物を持って、しばしば猛暑の中、人に尋ねて歩き回らなくて済むようになった。

3 騙されて腹が立つことの抑制。 行く前に多くの情報に接することで、騙されることが格段に減った。

このことと引き換えに心揺さぶられる体験ができなくなったのだと思う。 では心揺さぶられる体験のために、この3つの快適を諦めることができるか。 私には到底できない。 一度手に入れた便利さを手放すことは非常に困難だ。

この時代に初めて外国旅行をする若者は、心揺さぶられる経験をするという点でかなりハンディを負っていると思う。 腑抜けになるような経験をするのはかなりハードルが高い。 それが今の若者に熱狂的な旅行フリークが減っている一つの理由だと思う。

かって外国旅行は非日常の自己崩壊を経験する重要な場の1つだった。 そのような場が社会から1つ1つ消滅している。

私を食い尽くすようなビビッド感は今でも私の心の中にある。

心揺さぶる外国旅行 または非日常での自己崩壊

大学を卒業した1986年春、私は人生初めての外国旅行に出かけた。 最初の目的地はタイだったが、地球の歩き方のタイ版はまだ刊行されていなかった。東南アジア版と言うくくりで刊行されていた。
バンコクのホテルもレストランもわずかしか紹介されておらず、とりあえず最安値の宿を目指して出かけた。 もちろん予約などできない。
バンコクの空港に着いて飛行機のドアを出た途端、生温かいそして独特の甘い匂いの空気に包まれた。
バンコクでは見るもの聞くものすべてが珍しかった。 知らない料理だらけで、どうやって作るのか全く見当がつかなかった。 熱帯の暑さの中、異様に元気なタイ人が街に屋台街に溢れていた。 私は彼らに圧倒された。タイ人に混じって満員のバスに汗をかきながら乗っているだけで、腹の底からどうしようもなく笑いがこみ上げて来た。 タイ人に紛れて街に溶け込んでいるのがとにかく楽しくて仕方がなかった。
私は初めての外国旅行の地、タイに魂を鷲づかみにされた。 非日常の世界(彼らにすれば日常なのだが)で、体から自分を溢れ出させた人たちに気おされた。 強烈な何ものかを心に刻印された。

数年前に久しぶりに外国旅行に出かけた。 旅行の方法が全く変わっていた。大金の所持方法、 飛行機の予約、宿の予約、安くて美味しいレストランの探し方、目的地までの交通手段の探し方と乗り方、街の地図情報、片言の旅行者会話、天気予報。
その気になれば行く前に全ての行程を予約することもできた。
とても便利になっていてつくづく技術の進歩に感心した。

しかし今回の旅行はあの時の旅行ほど激しく心を揺さぶられることはなかった。 理由の一つは年を取って感覚が摩滅していたのだろう。 初めての経験ではなかったということもあるだろう。 旅行先の人々が豊かになって、日本と似たような価値観を持つようになっていた、ということもあるだろう。
しかし最大の理由は便利になったことだと思う。 行く前におおよその予測できるのだ。 予測できればできるほど不安は減っていく。 快適なのだ。 その分、人との関わりが激減した。
快適の中身は
1 出費の抑制。 高い交通機関や宿を避けれるようになった。
2 体力消耗の抑制。 大きな荷物を持って、しばしば猛暑の中、人に尋ねて歩き回らなくて済むようになった。
3 騙されて腹が立つことの抑制。 行く前に多くの情報に接することで、騙されることが格段に減った。
このことと引き換えに心揺さぶられる体験ができなくなったのだと思う。 では心揺さぶられる体験のために、この3つの快適を諦めることができるか。 私には到底できない。 一度手に入れた便利さを手放すことは非常に困難だ。

この時代に初めて外国旅行をする若者は、心揺さぶられる経験をするという点でかなりハンディを負っていると思う。 腑抜けになるような経験をするのはかなりハードルが高い。 それが今の若者に熱狂的な旅行フリークが減っている一つの理由だと思う。
かって外国旅行は非日常の自己崩壊を経験する重要な場の1つだった。 そのような場が社会から1つ1つ消滅している。

私を食い尽くすようなビビッド感は今でも私の心の中にある。

自尊心と自己肯定感とその高め方

1 自尊心は他者との関係の中での自分への評価に関わる。 評価には部分評価と全体評価がある。

1)まず部分評価。 自分の能力を他人と比べてする評価のことだ。(性格評価もあり得るが自尊心にはほとんど関わらない。性格は変えることができるという意識もあるだろうし、1つの性格でもプラスとマイナスの評価が出来るからだろう) あの人の方が私より面白い。 あの人の方が私より頭の回転が速い。 あの人の方が私より仕事ができる。

このような低い能力評価をどうやって乗り越えるか。

まず人と比べて勝ち負けを意識するのは無意味である。 前提条件が違うからだ。

(詳しくは以前のブログ

https://hiroto-pilato.at.webry.info/202012/article_2.htm )

次に、具体的に考えてみると、管理職ではない現場労働者が、周囲と比べて、自分は仕事ができない、と感じていたとする。 この場合の能力とは実質的には、次に必要なことを予想して準備する能力だろう。 大雑把に言えば20~30分後のことを予想する能力だ。 これは現場労働をするのに大切な能力だが、多くの能力の一つにすぎず、自分の価値を大きく損なうものではないだろう。 経営者や管理者に必要とされる能力でもない。 故に自ら進んで自分の価値を下げる必要はないと思う。 だとしても、自分は仕事ができないやつだ、という劣等感から自由になれなときはどうするか。 上記で乗り越えられなければ次は自己肯定感の領域に入る。

2)次に全体評価。 他者との関係の中で育む自分への全体の評価だ。

具体的には、やましいことはしていない、世間に胸を張って生きてたとか、卑怯な奴だとか、情けない奴だとか。 最終的にこの評価は大切な人たちとの関係で決まる。 大切な人たちを大切にできたか否かだ。抽象化すれば利己ではなく利他に生きれたか。 大切な人たちを大切にできなければ自分だけを大切にするしかない。 関係を大切にせず、大切な人たちの存在を大切にしない利己行為は当然自己評価を下げる。

社会の中で見れば、相手が利他に振る舞わないと前提すれば,こちらが利他に振る舞う動機付けを失う。それは社会の基盤を崩していく。

この低くなった自己評価をどうやって乗り越えるか。

手っ取り早い方法は、困ってる人を助けるとか、人の嫌がることを率先してすることだ。とりあえずは他者から評価され自己評価が上がる。これを繰り返せば、 関係の大切さが意識され、関係に包まれて生きている自分を感じれるようになる。入り口は以上のような方法が考えられるが、最終的には共感能力によって大切な人たちに自然と利他行為ができるようになることだろう 。

余談

3) 尊厳は、自尊心と似ているが意識された対象は異なる。 尊厳は自由に関わる。選択の自由が与えられてると思えることだ。自分が生きている社会・世界への操作可能感だ 。

1))社会的に見ると、尊厳は権力を変えることができると信じれことによって支えられている。(社会に権力は不可避 以下を参考にしてくださいhttps://bblog.sso.biglobe.ne.jp/cms/article/edit/input?id=39185671 )

2))社会の外も含めた世界から見ると、自分は世界を改変できると信じれることによって尊厳は支えられている。 自分が存在する世界への操作可能感。これは世界への一体感によって感じられる自己肯定感とつながっている。

尊厳死とは自分の最低限の生に対する操作可能感を社会が尊重することだ。

2 自己肯定感 自己肯定感は評価になじまない。 自分の存在そのものに対する受容感だ。

それは世界と自分との関係に関わる。 世界と自分が断絶していれば、世界は自分を受容していないと感じるだろう。つまり世界からの疎外を感じる。視点を変えれば自分は世界を受容しているかどうか。 これが自己肯定感を形作る。 つまり世界は自分を受容しているのか、もしくは自分は世界と一体感を感じれるのか、が重要なのだ。

この感覚が希薄な場合どうやって乗り越えることができるのだろうか。

根源的な感覚なので、これを変えるハードルは高い。

尊厳のところでも触れたが、鍵は世界と自分の関係だ。世界は自分で変えられる、世界と自分は対立するところがない、世界と自分は一体である、世界の中心に自分はいる。以上のような関係を世界と持てれば、結果として自分の存在を受容していることになる。世界は自分を侵害するものではなく、共にあるという感覚を持つことだ。

乗り越える具体策は、論理的には矛盾した方法だが、自分が世界に価値を与えることによって、世界に自分の価値を支えてもらうことだ。

具体的には、萌えるような朝日を感じ、一生懸命に生きている虫たちを感じ、日々移りゆく植物たちを感じ、雲の雄大さを感じ、夕焼けの美しさを感じる。そしてその素晴らしい世界の中に今いる自分を感じる。

自己肯定感の乗り越え方は、今のところこれしか思いつかない。

自尊心と自己肯定感とその高め方

1 自尊心は他者との関係の中での自分への評価に関わる。 評価には部分評価と全体評価がある。
1)まず部分評価。 自分の能力を他人と比べてする評価のことだ。(性格評価もあり得るが自尊心にはほとんど関わらない。性格は変えることができるという意識もあるだろうし、1つの性格でもプラスとマイナスの評価が出来るからだろう) あの人の方が私より面白い。 あの人の方が私より頭の回転が速い。 あの人の方が私より仕事ができる。
このような低い能力評価をどうやって乗り越えるか。
まず人と比べて勝ち負けを意識するのは無意味である。 前提条件が違うからだ。
(詳しくは以前のブログ
https://hiroto-pilato.at.webry.info/202012/article_2.htm )
次に、具体的に考えてみると、管理職ではない現場労働者が、周囲と比べて、自分は仕事ができない、と感じていたとする。 この場合の能力とは実質的には、次に必要なことを予想して準備する能力だろう。 大雑把に言えば20~30分後のことを予想する能力だ。 これは現場労働をするのに大切な能力だが、多くの能力の一つにすぎず、自分の価値を大きく損なうものではないだろう。 経営者や管理者に必要とされる能力でもない。 故に自ら進んで自分の価値を下げる必要はないと思う。 だとしても、自分は仕事ができないやつだ、という劣等感から自由になれなときはどうするか。 上記で乗り越えられなければ次は自己肯定感の領域に入る。

2)次に全体評価。 他者との関係の中で育む自分への全体の評価だ。
具体的には、やましいことはしていない、世間に胸を張って生きてたとか、卑怯な奴だとか、情けない奴だとか。 最終的にこの評価は大切な人たちとの関係で決まる。 大切な人たちを大切にできたか否かだ。抽象化すれば利己ではなく利他に生きれたか。 大切な人たちを大切にできなければ自分だけを大切にするしかない。 関係を大切にせず、大切な人たちの存在を大切にしない利己行為は当然自己評価を下げる。

社会の中で見れば、相手が利他に振る舞わないと前提すれば,こちらが利他に振る舞う動機付けを失う。それは社会の基盤を崩していく。
この低くなった自己評価をどうやって乗り越えるか。
手っ取り早い方法は、困ってる人を助けるとか、人の嫌がることを率先してすることだ。とりあえずは他者から評価され自己評価が上がる。これを繰り返せば、 関係の大切さが意識され、関係に包まれて生きている自分を感じれるようになる。入り口は以上のような方法が考えられるが、最終的には共感能力によって大切な人たちに自然と利他行為ができるようになることだろう 。

余談
3) 尊厳は、自尊心と似ているが意識された対象は異なる。 尊厳は自由に関わる。選択の自由が与えられてると思えることだ。自分が生きている社会・世界への操作可能感だ 。
1))社会的に見ると、尊厳は権力を変えることができると信じれことによって支えられている。(社会に権力は不可避 以下を参考にしてくださいhttps://bblog.sso.biglobe.ne.jp/cms/article/edit/input?id=39185671 )
2))社会の外も含めた世界から見ると、自分は世界を改変できると信じれることによって尊厳は支えられている。 自分が存在する世界への操作可能感。これは世界への一体感によって感じられる自己肯定感とつながっている。

尊厳死とは自分の最低限の生に対する操作可能感を社会が尊重することだ。

2 自己肯定感 自己肯定感は評価になじまない。 自分の存在そのものに対する受容感だ。
それは世界と自分との関係に関わる。 世界と自分が断絶していれば、世界は自分を受容していないと感じるだろう。つまり世界からの疎外を感じる。視点を変えれば自分は世界を受容しているかどうか。 これが自己肯定感を形作る。 つまり世界は自分を受容しているのか、もしくは自分は世界と一体感を感じれるのか、が重要なのだ。
この感覚が希薄な場合どうやって乗り越えることができるのだろうか。
根源的な感覚なので、これを変えるハードルは高い。
尊厳のところでも触れたが、鍵は世界と自分の関係だ。世界は自分で変えられる、世界と自分は対立するところがない、世界と自分は一体である、世界の中心に自分はいる。以上のような関係を世界と持てれば、結果として自分の存在を受容していることになる。世界は自分を侵害するものではなく、共にあるという感覚を持つことだ。
乗り越える具体策は、論理的には矛盾した方法だが、自分が世界に価値を与えることによって、世界に自分の価値を支えてもらうことだ。
具体的には、萌えるような朝日を感じ、一生懸命に生きている虫たちを感じ、日々移りゆく植物たちを感じ、雲の雄大さを感じ、夕焼けの美しさを感じる。そしてその素晴らしい世界の中に今いる自分を感じる。

自己肯定感の乗り越え方は、今のところこれしか思いつかない。