imakokoparadise’s diary

科学的エビデンスを最重視はしません。 エビデンスがなくとも論理的に適当であればそれを正しいと仮定して進む。私の目的は、得た結論を人生に適用して人生をより良くすること。エビデンスがないからと言って止まってられない。 目的は、皆の不安を無くすこと。

小さな損得へのこだわりが、殺し合いを招く 2024年7月5日

旅行をしたとき、行く先々の地域の歴史を調べて当時のことに思いを馳せるのが好きだ。

関東を旅行すると、上杉氏の名前がよく出てくる。それも山内上杉氏とか、扇谷上杉氏とか、犬懸上杉氏とか。有名な上杉謙信は、越後守護の上杉氏の家宰(守護代)だった長尾家が下剋上で上杉氏を乗っ取った子孫である。

 

先日図書館で「山内上杉氏と扇谷上杉氏」木下聡著を見つけた。以前から区別できず、気になっていたので、早速借りて読んでみた。

 

鎌倉幕府時代、もともとは京都で公家四条家の下で働いていたが、1252年、宗尊親王が鎌倉6代将軍になるために関東に下向する時に上杉重房が供奉し、そこで関東の足利氏と関係を持つようになった。それが関東での上杉氏の繁栄の始まりである。そこから山内上杉、扇谷上杉、犬懸上杉、越後守護の上杉などが分岐した。

 

本書は、15世紀の各上杉氏の変遷を描いている。時には協力し、時には殺し合う。

 

で、しみじみ思うのだけど、始まりは小さな損得だったと思う。あちらのほうが取り分が多いではないか、こちらはあれだけ頑張ったのに、たったこれだけか、とか。または、不当に見下されたとか、軽んじられたとかの、面子の話だったと思う。

 

それがどんどん膨らんでいって、殺し合いである。もし最初にその結果を知っていたなら、始まりの小さな損得にはこだわらなかったと思う。

 

それは、上杉氏と鎌倉公方の足利氏との間でもそうだし、上杉氏と関東の有力領主との間でもそうだ。

 

少しでも得をしよう、と軽い気持ちで始めた結果、最後は殺し合いである。

 

勝った側は領土も増えて、収入も増えて、贅沢な暮らしができただろう。が、人を殺すほどの価値があったのか。

 

現代でも、ことは同じだろう。第一次大戦も、第二次大戦も、少しでも得をしようとした結果、大量の人たちが死んだ。

 

ロシアとウクライナも同じだと思う。いろんな見方がこの戦争にもあると思うが、2022年2月24日を起点にすると、ロシアが一方的に侵略したように見える。が、起点をもっともっと手前に持ってくると全く違う風景が見えてくる。

 

それぞれの人が自分の取り分を少しでも増やして快感情を得ようとした結果、また、それぞれの人が自分の取り分が奪われて怒り続けた結果、予想もつかない悲惨なことが起こってしまう。

 

人は前頭葉を使って感情を自制できるのだから、前頭葉を使ってそのあとの可能性を予測し、感情を自制するのが良いと思う。

 

このままではただのワニである。