imakokoparadise’s diary

科学的エビデンスを最重視はしません。 エビデンスがなくとも論理的に適当であればそれを正しいと仮定して進む。私の目的は、得た結論を人生に適用して人生をより良くすること。エビデンスがないからと言って止まってられない。 目的は、皆の不安を無くすこと。

エッセイ クロワッサン その後 2023年5月

2週間ほど前、クロワッサンの動画を見た感想を書いたが、きょう渋谷に行く用事があったので、マークシティー地下1階にあるBoul`angeに寄ってきた。

 

https://imakokoparadise.blog.jp/archives/20552302.html

 

かなり久しぶりに渋谷に行ったのだけれど、前から聞いてはいたが、その変貌ぶりには驚いた。見たこともないビルが駅前にニョキニョキと突き出していた。そして中空に渡されたチューブのような歩道が駅やビルをつないでいた。ちょっとした未来空間を創り出していたのである。

平日の午前というのに、妙に人通りが多く、駅前のスクランブル交差点では、人が群れを成して横断していた。また欧米系の外国人も多かった。

 

30年ほど前、麻布にある高級スーパーマーケットに行ったとき、客の多くが欧米人で、日本にもこんな植民地みたいな場所があるのか、と驚いた記憶があるが、そこまでの割合ではもちろんないにしても、今日の渋谷の外国人率は高かった。その多くが旅行者のように見えた。日本の物価が安くなったことと関係しているのだろう。

30年ほど前、アジアを旅行した時、客の割合が、ローカルよりも外国人のほうが多い一画があった。タイで言えば、バンコクのカオサンロード、ネパールで言えば、カトマンズのタメルである。物価が安いことを良いことに毎日が宴会のような暮らしをしていた。今の日本もそんな感じになっているのだろうか。

 

その渋谷の変貌ぶりであるが、久しぶりに行ったこともあるのだろうが、人通りの多さ故にか、人々から軽いウキウキ感を感じたのである。少し特別なお祭り空間。そんな空気感は日本にはもうすっかり無くなっていたと思っていたが。もしかすると、日本にすでに無くなっているお祭り感が、意外なところから生まれるかもしれない。つまり物価の安さに魅かれてやって来る”不良”外国人の周辺からである。

 

で、私は新宿のことを思ったのである。私は1990年代後半、ホームレス支援をしていたこともあって、新宿には思い入れがある。

今日の渋谷の変貌ぶりを目の当たりにしたとき、とてもじゃないがこのお祭り感は今の新宿にはないな、これでは集客率に差が出るだろうな、と案じたのである。

 

で、肝心のクロワッサンのことだ。買って帰り、動画に紹介されてたように、無糖の温かいココア(あくまで純ココアである)を作り、クロワッサンをオーブントースターで2分温め、姿勢を正して食べたのである。

 

で、確かに美味しかった。素直に言うと、非常に美味しかったのである。

バターの香り、味が強く、生地の内側はもちもち感がある。上手に作ってあると思う。

少し小ぶり(57g)だけれど、税込み220円ほどで、高くはない。

 

で、恐る恐るココアを浸したのである。

むかし、パリジェンヌはクロワッサンをカフェラテに浸して食べる、と聞いたことがあって、試したことがあるが、コーヒー味でクロワッサンの味が分からなくなるは、カフェラテの甘味でクロワッサンの自然の甘みも分からなくなるはで、散々だったのである。その時、フランス人て、大したことないな、と思ったことを覚えている。

ところが、無糖のココアは悪くはなかったのである。ココアの苦みが生地の甘味を殺さなかった。またココアという液体を浸してもすぐには柔らかくならず、外側のパリパリ感は維持されたのである。

上記ブログ内で紹介した動画の中で、ココアにマリネしてもいいかい、と行儀の悪さを気にするように1人の参加者が話していたのが、可笑しかった。

ただ日本にはパリパリしたものにディップをつけて食べる習慣がほとんどない。せいぜいトンカツにとんかつソース、カキフライにタルタルソースぐらいか。

なので、やはり私にはクロワッサンにココアのマリネは敷居が高かった。しかし繰り返しになるが、悪くはなかったのである。

 

以上、クロワッサンを評価した動画が、その後私に与えた影響を振り返ってみた。ユーチューブのお勧めにたまたま上がっていた動画を見た私が、その後いつもと違う行動をとった。その結果新しい発見、経験、思索をしたのである。これを、偶有性の海で遊んだ、と言うべきか。