imakokoparadise’s diary

科学的エビデンスを最重視はしません。 エビデンスがなくとも論理的に適当であればそれを正しいと仮定して進む。私の目的は、得た結論を人生に適用して人生をより良くすること。エビデンスがないからと言って止まってられない。 目的は、皆の不安を無くすこと。

仏教と正しさ・価値 仏教は正しさの後押しをしてくれない 2023年7月

私は仏教徒である、と自覚している。仏教の教え、すべては自分の認識に過ぎない、という世界観も気に入っている。

 

仏教は個人救済の宗教だと思う。悟りによって得られるのは、個人の心の平安である。釈迦は悟りを得たのちに、衆上にその教えを説こうと思い、心の平安を得る手助けをした。しかしこの手助けはあくまでおまけである。乞われたから手助けしたに過ぎない。

 

悟りを得るときに他人の存在は必要ない。自分の内面を観る。外界で起こるすべてのことは自分の内面の反映に過ぎない、と実感することが悟ることだから、すべては自分だけで完結する。

 

ここには大切な人や仲間や共同体や社会が無い。そこに関わろうとする動機付けが無い。

 

具体的に言えば、仕事で何か嫌なことがあったとき、その解決法は、自分がこだわっているから嫌な気持ちになるのだ、という自分の内面を変える方向で解消することになる。自分の信じる正しさや価値を主張して外界を変える、という方向には進まない。

 

故に仏教は社会変革を内在する宗教ではないと思う。

神が見ているのだから、正しいと思うことを信じて、実行せよ、というキリスト教とはかなり違うと思う。

 

仏教の世界観を持ちながら、それとは別に社会変革は出来るだろうから、2本立てでいいのだろうが、最後の踏ん張りが効かないような気がする。