私の好きな歌人に木下長嘯子という人がいる。1569~1649年
秀吉の北政所つまり高台院の甥で、豊臣時代は城主になるなど権勢があったが、のちに改易・所領没収となり剃髪隠居する。
初めて知った歌は
咲くと見し 花も跡なく 春暮れて しげる青葉は 夢かとぞ思う
である。頭の中に色が鮮やかに浮かぶ。リズムもよい。時が過ぎゆくさまをうまく表現している。
調べてみると他にもお気に入りが見つかった。
あわれにも うち光ゆく 蛍かな 雨のなごりの しずかなる夜に
命の儚さを繊細に表現している。
そして最も気に入っているのが
しずかなる 庭の木の間に かげおちて 夜ふかき花に 月わたる見ゆ
である。深夜の移り変わりの瞬間を繊細な心でとらえている。情景が目に見えて、その美しさ、儚さに、背中がゾクッとする歌である。
長嘯子がこのような感性を持っていたのはもちろん自らの境遇と無関係ではない。1989年20歳前後ですでに城主になったが、1609年40歳で剃髪隠居である。そのあとは家族とも会わなかったようである。
晩年の作と私が想像する歌2首を上げる。
老いらくの 世も憂く人も 情けなし さもあらばあれ 幾ほどの身ぞ
ありて憂き 身の思い出の 月なれば ながめてもまた またもながめん