imakokoparadise’s diary

科学的エビデンスを最重視はしません。 エビデンスがなくとも論理的に適当であればそれを正しいと仮定して進む。私の目的は、得た結論を人生に適用して人生をより良くすること。エビデンスがないからと言って止まってられない。 目的は、皆の不安を無くすこと。

キューバ 終わり

14日 土曜 レノが、お前も来い、と言うので出発の日にもかかわらず、レノのマリエル行きに付き合うことになった。これは昨日から言われてたこと。10時前になぜかヘリオルシの娘エリエールと祖母が来て、一緒に行くのかと思ったが、すぐに出て行った。直後にヘリオルシと甥(ヘリオルシから見るといとこ、車の持ち主)が車で来て、初めて寝間着以外の服を着てるのを見るレノと4人でマリエルへ。で、町の入り口の食料品店兼、バールみたいな店の裏から入り、事務を仕切ってる人と会い、少し話をし、途中でヘリオルシがその店でビールを買って来て、皆に振るまい、レノも飲みながら食料貯蔵室に行って、肉やぶどう酒や油やハムや塩など欲しいものを袋に詰め、車に積め、その後も事務員と皆で話をし、途中でまたヘリオルシが店でビールを買って来て、振るまい、帰って来た。私の見てないところで、ヘリオルシがお金を払った可能性もあるが、だとしたら店員も含めてビールを振る舞う意味がないし、わざわざマリエルに行く意味もないので、たぶんただで貰ったのだと思う。レノが何か紙を見せて、事務員が、もっと栄養をつけなきゃダメだよ、って感じだった。医師の要請書みたいなものだったのかも知れない。理由は不明。帰りの車の中でヘリオルシが何度も、昼飯は家で食っていかないのか、と聞いてくれたが、早くハバナに行って両替したかったので断った。ハバナに行くんだな、と確認した後、グアナハイのバス乗り場に車を止め、停まってたトラックタクシーの運転手に何か言って、私を呼び、特等席である助手席に乗せ、ここのお金は払った、このバスはハバナまでの直通だ、このバスを降りたら、別のバス?に乗り換えるとセントラルまで行ける、1クックだ、と言い、さらに運転手にあれこれ説明して次のバスに私が乗れるように言ってくれた。彼はなぜかずっと親切だった。初めて会ったときも、散歩の誘ってくれ、クック払いのバールに行って、何か飲みたい物はないか、と自腹を切るつもりでいろいろ勧めてくれた。結局セントラルまではメトロバスで行ったので1ペソだった。1クックと言うのは、乗り合いタクシーあたりの値段だろう。

レノと車の中で別れるとき、大抱擁をしてくれた。ヘリオルシの家に宿泊してたとき、ほとんど私は外出しなかった。レノはバルコニーで座るのが疲れたらベッドへ、少し寝るとまたバルコニーへの往復だった。自然バルコニーで一緒にいる時間が多かった。ほとんど喋らなかった。最初いろいろ話し掛けてきたのだが、私が分からなかったので、お前、ダメだ、と言う感じになって、その後ときどき手振りで話しかけてきた。が、何と言っても、お互い揺り椅子に隣同士で座って長時間過ごしたので、親近感が湧いた。出発の日、お前が車を運転して、二人だけで行こう、と言ってた。 

田舎で民泊して、首都に戻ったとき、例えばメキシコの時、まったく風景が違って見えた。初めてメキシコに来て、メキシコシティをうろうろしたとき、人々の行為がまったく理解できなかった。なぜ平気で人通りの多い狭い通路で平気で立ち止まるのか。なぜ平気でゴミをその辺に捨てるのか。なぜこんな夜遅くまで子供が外で遊んでいるのか。理解できないことが一杯あった。が、ドロレス-イダルゴのマビエルたちと一緒に過ごした後、メキシコシティに戻ると、あー、いたいた、こんな人、と思い当たる人が出てくる。そう言えばママ、こんなことしてなぁ、と理解不能な人が共感出来る人に変わるのだ。すると風景が変わって見えてくる。

キューバではどうなるか楽しみだったのだが、今日ハバナ行きのバスの中で思い付いたのは、まずいつも首都からは入るが、そこでは外国人、と言う異質の目で見られるし、言葉も喋れないから、まともに相手にされないので、人として普通に扱われて当然、と言う感覚が少し損なわれるんだけど、田舎に行って、メキシコ人から、キューバ人から大切に扱われると、この人たちから大切に扱われて当然なのだ、と言う当たり前の感覚を取り戻すんじゃないか、で、その結果として風景が変わって見える。

確かに習慣や言葉やその時々の振る舞い方を田舎で覚えるので、首都でも彼らの行為の由来が分かって異質さが消えるし、自分の振る舞い方も分かるので戸惑いが少なくなるのだけど、より深いところではそういう変化があるのような気がする。

今日ハバナを歩いて、自信持って歩いてるな、と感じた。その理由は両方だろう。

ハバナは断水。夜9時の時点で出てなかった。カピトリオハウス泊。10クック。畑中さんは今日出たらしい。

15日 日曜 思い立って植物園に行こうとバスを待ったが来ず。待ってる人に、どれに乗れば良いか聞いたが、人によってこたえがちがったので、行く気を無くす。ハバナ自転車タクシーは長さが短い。都市向け仕様になっている。今日も街を歩いたが、人の行為に違和感を感じなかった。何の異質さも、不快感も感じなかった。普通の街に見える。

16日 月曜 念願のデニッシュを売ってるクック払いの店に行き、隣のエスプレッソの店で機械抽出のマシンで淹れて貰い、公園でゆっくり味わおうと思っていたのが、コーヒー屋はお休み。わざわざコップまで持って行ったのに。すでに買ってしまったデニッシュを持って茫然。0.35クックと0.3クック。キューバエスプレッソは始めから砂糖が入って売られている。ここだけが自分で入れる方式。高級店は別だろうけど。仕方なく近くの店でエスプレッソを買い、プラザ-ビエハと言う公園で座って食べる。美味しかった。

建物を見ていると地べたに座ってた爺さんが、中に入って見て良いんだぞ、と話しかけてきた。ルイス、74才。50年前からキューバは貧しくなった、としきりに嘆いていた。いつもお腹が減ってる。今日の昼飯はこれだ、と見せたのは、ビニール袋に入ったこぶし大の白飯とゆで卵ひとつ。これを食べたら後は寝るだけだ、と言う。足元にボトル入り水3リットル程が置いてあった。キューバの人口とかいろいろ話してくれたんだけど、ここが有名な観光地で、何かとお金を要求する人が多いのに、彼は一切なにも要求しなかった。そばのレストランで生演奏が始まると、体を揺らして聴いていた。

17日 火曜 植物園、絶対に行くぞ、の気持ちで宿を出た。聞きまくって、11時に目的のバス停に着く。で、歩いて12時着。バスに乗って、解説者付きで回る。ガックリ。何だかんだで3時までいた。目的達成。

日 水曜 キューバ最後の日。キューバ人、足短い。念願の、デニッシュと砂糖抜きのエスプレッソをフンボルト公園で食べた。クリームは乳製品を使っておらず、片栗粉で固めたような感じだった。ちょっとまずかった。

心残りだったサンフランシスコ教会に2クックで入る。基本、教会は何処も同じ間取りだな。塔の鐘突きの所まで登れた。外に足場を組んで作ったのではなく、中に足場を組んで作ったようだ。教会で行われるピアノ演奏会の練習をしてた。やっぱ生演奏はいい。いつもと違うところを刺激された。新しい奏法だった。片手だけでメロディーと伴奏を弾いていた。

19日 木曜 思ってた皮ポシェットがなく、お土産を諦める。空港にバスで来た。キューバに着いたとき、最初に乗ったバス停があった。一ヶ月前、不安そうな顔であそこに座ってたはずだ。一回来たところは不安がほとんど無い。振り返れば結局やりとおせたことを考えると、初めてでも2回目でも、結果は同じ。

20日 金曜 カンクンの空港をバスに乗って出たとたん、さっきまでとはまったく違う風景が出現した。でこぼこの無いきれいな道路を走る多くの真新しい車。何の変鉄もないけど近代的な中層ビル。私の隣に座ってヘッドフォンでスマートフォンから音楽を聴いている若者。さっきまで見ていたのは一国の首都。いま見ているのは地方都市。なのにその圧倒的な違いに胸を打たれた。キューバはいつも満員バスだった。何処にバスが止まるかそのときどきだったから、バス停の前で並んでも、早く乗れるわけでは無いので、並ぶ意味がなかった。キューバは何処も種類の少ない同じ商品しかなかった。家の前に他の家と同じ商品を並べて売っていた。ハバナはいつももうもうと吐き出される排気ガスが気になった。エンジンルームを覗けば、走るに最低限の部品しか積んでなかった。すかすかのエンジンルームだった。燃費を良くする、と言うような余裕はないようだった。

最初に浮かんだ気持ちは、あんなにみんな一生懸命に生きてたのに、こんなに差があるなんてなんか納得できない、みたいな感じだった。頭で考えれば、幸せ感は物質的豊かさに比例しない、と言うことは分かっているけど、何かそれを越えるものがあるような気がした。

多くの人がもっと豊かな暮らしを求めている。だけどそれを得ることによって、多くのものを失うことを知らない。だけどそれを知ろうとするか、しないか、そしてそれを知ろうと知るまいと、どんな今後を作るかを決めるのも、結局彼らだ。

気候     熱帯雨林 サバナ

   植生   

   農業  サトウキビ バナナ サトイモ サツマイモ       カボチャ キュウリ トマト

   食料. コメ パン 卵 フリホレス ブタ トリ        バナナ ウリ トマト 極たまに牛肉

   おかず.ご飯にのせて合わせ食い

   調理法.肉、バナナは低温長時間揚げる 米を炊く        豆、根菜は圧力鍋 野菜をゆでる

   調味料 塩 砂糖 油 トマトピュレ サトウキビビ       ネガー オレンジビネガー(肉のマリネに塩       と一緒に)香味粉 ニンニク タマネギ

   

   服装  洋服 女、家ではワンピース多い 若い女は       短パンも 若い男は近所なら上半身裸や裸足       も(マリエル)

   布材料 綿、化繊

   建築法 コンクリートブロック(3穴の日本でもよく見かけるやつ、こっちはより大型の2つ穴のもある)積み上げ コンクリート平屋根 古い家は波状かわら。内装はタイル張り

   材料  コンクリート(セメント) 鉄筋 古い家は瓦屋根も

   基層文化 たぶん消滅 スペインと黒人文化

地形     海岸 脊梁高地の平野

   集落形態 どんずまりの海岸 街道町

宗教     カトリック  

   思考法 キリスト教 社会主義

   生活様式 欧米型

社会体制   社会主義 

移民     スペイン アフリカ西海岸

音楽     サルサ