雑感 書評「坑夫」夏目漱石 1908年刊 2025年5月15日
先日、柄谷行人氏の「漱石論集成」を読んでいると、「坑夫」のことが書いてあった。興味を持ったので読んでみた。
「虞美人草」に続く専業小説家として書いた2作目。実際の体験者から聞いた話を加工したようだ。朝日新聞に連載された。
功成り名を遂げた語り手が19歳の時の体験を振り返る形式をとっている。結婚を約束していた娘と、好きになってしまった娘との間で進退窮まってしまい、自殺を目的とした逃避行の途中で、手配師の長蔵に連れられて鉱山の坑夫として働くまでのお話である。読者は功成り名を遂げた語り手を漱石自身、主人公を若き日の漱石と想定して読んだ可能性がある。
おおよそのあらすじは
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9D%91%E5%A4%AB
長蔵と出会ってからの丸一日と、鉱山の坑道に潜る最初の一日だけでほぼすべての紙数を割いている。よくこれだけ引き延ばせるものだと思う。主人公の感情の生起を、メタ認知の手法を使って、中年の話し手から時間を遡って19歳当時を見返したり、出奔する前の学生の目線で見たり、上空から見たり、常識から見たり、また逃避時から常識を見返したり。手を変え品を変えて視点が動く。その内容もそれほど陳腐ではなく、興味を持って読み続けられる。日頃から内省していなければ、これほどの密度で書き詰めることは出来ないと思う。神経衰弱、現代で言うとうつ病とか不安障害、に漱石は苦しんだらしいが、外界が不安だったのでそれを乗り越えるために不安を分析して正体を明らかにしようとした結果、内省志向になったのかも知れない。
内省を作品に表現するところは鴎外とは明確に違う。内省は反常識、反社会的認識に到達する可能性が高い。何故なら常識という出発点に内省を加えて操作するのだから、当然常識から離れた答えが出てくる。つまり漱石の作品はそれを必要とした。具体的に言うと、当時の知識人社会の常識に異議を唱えるために、主人公に内省をさせて社会の常識を揺さぶろうとしたのだと思う。つまり社会の常識を揺さぶる手段として主人公の内省を使った。小さな常識から大きな常識まで。小さな常識を揺さぶって笑いを誘い、大きな常識を揺さぶって社会に刺激を与えようとした。
この作品での大きな刺激とは、一人の人間の人格はその時々で変化する、一貫性などない、ということだと思う。
新聞を購読するような当時の知的階級の人たちは新興産業であった炭鉱の労働条件が悪いことは知っていただろうが、具体的な姿を知らなかっただろう。体験記を呈したこの作品はそれだけで読者の興味を引いたはずである。それを、極悪の環境であるにもかかわらず、視点の移動を使って面白く表現した。ここには山出しの青年が何とかプライドを保とうとして四苦八苦する内面が面白く描かれている。
漱石の主眼は鉱山の環境ではなく、全く異なる環境に無欲の人が遭遇した時、どのような心的反応が生じるか、のように私には見える。死ぬつもりの人間が、予期もせず死ぬような環境に放り込まれたとき、逆に生きようとする反発力が生じてくる。
追記
・前作の長編小説「虞美人草」は、内田樹氏によると、二人の娘がそれぞれ在来的価値と西洋的価値を代表させていて、すでに漱石の中では両者の対立が強く意識されていた、とのことであるが、本作「坑夫」では両者の対立はない。すべての作品でそれが表現されなければならないとは思わないが、「虞美人草」もただの控えめな娘と我の強い娘との対比である、とも考えられる。私はそのように受け取った。
ただ大切なのは、漱石がどう思ったかではなく、結局は私たちがどう思ったか、何を感じたか、だと思う。
私自身は、手配師長蔵に連れられて鉱山に着くまでの描写が、その情景が頭の中にイメージとして浮かび上がってきて、自分も追体験したような印象を持った。表現が上手だな、と思った。
・当時の鉱山の様子や、坑夫がどのような社会的存在であるかが分かって興味深い。1900ゼロ年代の鉱山の話だが、一日三交代制を管理する事務所兼見張り小屋が坑内の中にあって、意外に無茶に坑夫をこき使ってなかったのは意外だった。こき使いすぎて既に問題が起こり、対策が講じられた後の鉱山経営なのだろう。場所や経営主体が匿名になっていたのは、当時の基幹産業に遠慮したのかも知れない。足尾銅山かな、と思う。だとすると、赤城駅から鉱山までは山道を40キロほど歩くことになる。主人公は下駄で歩いている。当時の人たちはとんでもなく体力があった。
それにしても一番深い坑道では腰まで水に浸かって8時間も働く描写がある。。うーん、ちょっと考えられない。しかも掘り出した鉱石をどうやって水中から拾うのだろう。実は採鉱していたのではなく、排水溝を掘っていたのではないか。
・私はこの小説を文字で読んだのではなく、実はオーディブルで聴いた。読書よりオーディブルのほうが敷居が低い。サクサクと耳に入ってくるので取っ付き易かった。文字で読むと少しまだるっこしかったかもしれない。歯を磨きながら聴けるのもよい。
今のところ私は「青空 朗読」kumao.works(android用) という無料アプリを使っている。AIに読ませているので漢字の読み間違いが多いが、画面を見ていればそこまで気にならない。とにかく手軽に読み始められるので読書が進む。欠点は、すべてのe-bookに共通するが、読み返したい箇所にすぐに戻れないことである。
「坑夫」は素直に面白い。お薦めである。