imakokoparadise’s diary

科学的エビデンスを最重視はしません。 エビデンスがなくとも論理的に適当であればそれを正しいと仮定して進む。私の目的は、得た結論を人生に適用して人生をより良くすること。エビデンスがないからと言って止まってられない。 目的は、皆の不安を無くすこと。

エッセイ アイスクリームと森田童子 または 便利さとしあわせ 2024年6月16日

心地よい風が吹く昼下がり、部屋でアイスクリームを食べながらスマホで音楽を聴いていた。

 

どんびえという金属容器を冷凍庫に冷やしておいて、材料を入れて手で回すとアイスクリームが出来るという便利な道具があり、その容器にさじを直接入れて存分に食べていた。しあわせな瞬間である。

 

テーブルに置いたスマホから流れていた音楽は、10代のころよく聴いた森田童子だ。

 

その曲を聴きながら、乾電池も使わず、スマホでどこででも音楽が聴けるようになるなんて森田童子は知らなかっただろうな、と思っていた。

 

食べたいと思ったときにアイスクリームが食べられ、聴きたい時に聴きたい曲が聴けるなんて、何て便利な時代になったんだろうな、と思っていた。

 

しかし普段はその便利さを何とも思わなくなっている。50年前の子供の頃を思うと、今はとんでもなく便利になっている。しかしそれを便利とは自覚していない。すぐに慣れてしまうからだ。便利さとしあわせが比例していないのだ。

 

世界最速のCPUとか、世界最薄のスマホとか、世界最長の使用時間とか、世界最高の技術を使ったスマホを扱っている私たちの満足感とは何だろう。

 

これからも技術は革新し、ますます便利になっていくだろう。そして私たちは今後も便利さを渇望する。しかしその便利さの快感情はすぐに失われる。

 

だとしたら、残るのは何だろう。大切なのは何だろう。

 

結局、そういう便利なものを使っているときにも、使っていないときにも、今、満ち足りている、と感じることだと思う。しあわせな人生を形作っていくのは、そのような感情の連続だと思う。