苦は生き物の常態である

人は言語を生み出し、文字を発明して、知識を蓄積した。科学と技術を発展させ、 多くの苦い経験から、より快適な社会を創り出そうとしてきた。

今、世界を見渡せば、イスラエル国際法に違反して、パレスチナ人の家を壊してパレスチナに入植を続けている。パレスチナ人は合法に住んでいる家を壊され、追い出されている。
アメリカでは、丸腰の黒人が警察に殺され続けてきた。日常生活の中で、警察に呼び止められるだけで、極度の緊張を強いられる。
日本では、夜中にバス停の椅子に座っていたホームレスの女性が、石を入れたビニール袋で殴られて殺される。高架下で寝ていたホームレスが若者に石で殴られ殺される。
家賃が払えずアパートを出るなど、ネットカフェに泊まるその日暮らしの人は東京だけで4千人いる。明日がどうなるかわからない不安の中、住所不定で仕事を探す。

ネットでは誹謗中傷で人々は傷付けられている。相対では言えないことが、匿名の立場なら相手の気持を考えずに言えてしまう。朝の満員電車では、見ず知らずの人と押し合い、心を殺して通勤している。老後のために今を我慢して働いている。会社では嫌な人間と我慢して一緒にいる。友達とは、仲間外れにされないために言いたいことを言わずに我慢して相づちをうっている。

なぜ人の生は苦がこれほどに多いのか。そして周りを見渡してみる。

よく踏まれる地面ではオオバコが優先する。 踏み圧が強くて他の植物が生き残れないからだ。 もし人の行き来が変更され踏まれなくなると、たちまち背の高い植物に覆われて日陰になったオオバコは日光不足で枯れていく。
私達の目の前にある植物は、過酷な競争を勝ち残った結果の姿としてある。 多くの種子がそこで発芽したが、競争に負けて枯れていったのだ。

何年も地中で生きた後、盛夏に羽化したセミは、1ヶ月ほどあとに寿命を迎える。衰えて盛夏の草むらに落ちる。そして生きながらアリに群れられ、齧られていく。

ライオンは百獣の王と呼ばれるが、子供が大人に成長するのはとても厳しい。2歳児生存率は2割程度と言われる。 飢えや捕食者に食べられてしまうのだ。飢えて死ぬのは苦だ。 生きながら食べられるのも苦だ。

ホモサピエンスは30万年ほど前に出現したと言われる。 捕食獣に食われ、怪我をしても抗生物質は無く、体力が落ちると腐敗を止めれなかった。そして多くの場合飢えていた。


つまり全ての生き物の生は苦とともにある。
この世界で人を除くすべての生き物は、苦としての不快や痛み、恐怖をただ受け入れている。人だけが発達した大脳ゆえに苦しさや不幸、悲しみ、怒り、将来の不安を感じて鬱々と日々を生きている。
環境をコントロールできない彼ら生き物の生も苦、環境をコントロールしてきた私たちの生も苦だった。 大脳が発達し科学技術を進歩させてきたが、人生の苦はなくならなかった。

社会構造や行動の進化、心理の進化が分かってきても、日常の苦をなくすことができない。 しかし周りを見渡せば全ての生き物の生は苦に満ちている。 苦はすべての生き物の常態だ。