納得方法の進化 異なる意見の受け入れ方

私たちが納得をするときは以下の3点になると思う

1 論理的に考えて納得する
2 信用する人がそう言うから納得する
3 みんなの役に立つなら納得する

それぞれを抽象的に言えば
1 最も自発性が強い。他者との関係性が不要
2 他人を信用する
3 仲間のために犠牲になる

ヒトの歴史から考えれば
1 アフリカの森林にいた時は2世代ぐらいでひとつのユニットとして暮らしていただろう。共感が強く働き、成人して集団を離れるまでは意見の相違はあまり意識されなかったに違いない。強い一体感で結ばれていた。

2 サバンナに出た時、肉食獣から身を守るため三世代の大きさのユニットが必要になった。食料を求めどちらの方向に移動するか意見が異なることもあっただろう。 解決法は有力者たちの何とは無しの雰囲気、具体的に言えば多数決だったろう。 この時少数派が多数派に納得する方法は、共感できる仲間たちのために自分が身を引くことだった。" 自分さえ身を引けば" 。この納得方法が現代の納得方法の一つとして存続している。

3 同族集団との食料をめぐる争いの中で大きな集団がより有利になった。 三世代の集団がいくつか集まって一つのユニットを作った。これだけ大きな集団の意思決定や集団内での争いごとの仲裁は族長・リーダーの決定に従ったと思う。雰囲気で決めたことに納得するには対立する小集団への共感・思いやりが弱すぎる。共感を使った納得方法が力を持たなくなってきたのだ。故に強い力を持った族長の判断を皆が尊重して分裂を防いだ。この納得方法も、"世話役の あの人が言うなら" 、という形で現代に引き継がれている。

4 1万年前に人類は家畜化と農耕という手段を手に入れ定住社会に入った。集団はさらに大きくなった。顔見知りでない人が同じ集団の中に現れた。ここでは共感ベースの納得方法はほとんど役に立たない。納得方法は知ってる人を信用するのではなく、知らない人を信じることになる。よく知らない武力のリーダーや宗教的リーダーの言ってることに納得するためには信じることが必要になると思う。
この納得方法も現代に引き継がれているだろう。例えば政治家を選ぶときに。

5 今のところ最後に出現した納得方法が、明確に定義された言葉の概念で因果関係を説明する方法、つまり論理をたどって納得する、が現れた。この納得は他者に全く依存することなく、それだけで完結する方法だ。共感は何の役にも立たない。

以上ヒトの納得方法は、共感ベース・関係ベースから、それに依存しない方法へ進化してきた。内発的・無意識的な力を頼る方法から自発的・意識的な力を頼る方法に進化してきた。

300万年というヒト・ホモ属の歴史の中で、他者に納得しなかった場合の最も簡単な解決手段は群れから出るということだった。 結果は外敵と食料調達の困難さという意味で死を意味しただろう。 つまりそのような遺伝子は残らなかった。
また納得しなかったが生きるために仕方なく集団に残るということもあっただろう。その場合は認知的整合性つまりありのままを認めるのが辛いので、別の理由、例えばみんなのためにここに残るのだ、というような理由を作り出し、信じ込んだと思う。


ヒトの歴史の中で集団の大型化が有利に働いた時、大型化の限定要因なったのは、集団内でのストレスで内部のユニット・小集団や個人が離脱していくことだった。分裂して大きくなれなかったのだ。 換言すれば納得できなかった。 それを乗り越えるためには、集団の大きさに応じた納得手段が必要だった。
上に紹介したようにヒトは、集団が大きくなるにしたがって古い手段を維持しながらも新しい納得手段を作り出していった。信用する、信じる、考える。新しい手段ほど抽象的な能力を必要とする。これを可能にしたのは脳の大型化だ。集団の大型化と食料調達の確実性と脳の大型化と納得方法の抽象化はお互いに影響を与えながら増大したのだと思う。