社会ダーウィニズム

先日障害者施設襲撃の裁判の判決が出たが、その事について少し考えた。
強いものが生き残り、弱いものが滅びていくという意識は個々の生活の場での優勝劣敗経験、特に劣敗経験が心に刻まれて蓄積・鬱屈して醸造され、それが社会的少数派に投影されて社会ダーウィニズムが支持されるのだと思う。
ここで起きていることは、自分は多数派である、という勘違い、もしくは思い込みである。