GMC女子マラソンを見た

2020年東京オリンピックラソンの出場選手を決めるMGCラソン大会の前座番組を見た。3人の女子マラソン選手の日常を追いかけていた。彼らの生い立ち、マラソンに懸ける思い、極限の練習、大切な人たちとの関係。
彼らをとても身近に感じた。私は誰を応援するのか。選手を知れば知るほど特定の選手を応援できなくなる。それぞれの選手が最高のパフォーマンスを発揮できればいいな、と思う。
試合形式のサッカーや野球、ラグビーでも同じだ。私が応援しているチームがあって、例えばサッカー日本代表を応援してるとして、対戦チームの選手のことを知れば知るほど、日本代表の応援をしにくくなってしまう。相手選手にも熱いサッカーへの思いがあり、厳しい練習を積み重ねた日々があり、苦労して積み重ねたキャリアがある。もちろん大切な家族がいて、良い父親であり、良い息子であり、良い兄である。そしてその選手たちのことをよく知った人たちが相手側サポーター席に、こちらのサポーターがこちらの席に座ってるのと同じように、座っている。
私がこちらの席に座っているのはただの偶然に過ぎないと思う。
私はどちらを応援するのか。日本代表が得点すればもちろん嬉しい。しかしそれぞれのチームがベストの状態でベストのパフォーマンスが発揮できることを望むし、そんな試合を見てみたい。
対戦チームの主力選手がケガで欠場することが分かると、ある解説者が喜んでいたが、その情けなさに驚く。対戦チームの選手に、ケガをさせてもいいんだよ、と言った解説者がいたが、そのクズさにも驚く。勝てばどんな勝ちかたでも良いのだろうか。そのケガをさせられる選手にも、こちらの選手と同じように、大切な家族がいて、苦労して積み重ねてきたキャリアがあって、、、と想像できないのだろうか。それともそう言ったほうが視聴率が上がって自分の仕事が増えるから、わざと視聴者を焚き付けているのだろうか。だとしたらなおさらクズだと思う。